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現代生活に生きる墨作り 伝統継承へ変化と挑戦

墨匠 長野 墨延さん

(取材日:令和元年8月)

 教育現場をはじめ、墨を磨る機会が減っている中、現代の生活に生きる墨を作ろうと、創業150年余の老舗「錦光園」(奈良市三条町)の6代目・長野墨延さん(72)が挑戦している。飴のように柔らかく温かな生墨に触れることができる「にぎり墨体験」の実施や、7代目の長男・睦さん(42)考案の香りを楽しむインテリア置物「香り墨」などの商品を展開している。日本文化を次の世代へ残すための変化に二代で挑戦する。


 日本書紀に出展がある日本の墨は現在、その95%が奈良の墨職人9人の手作業で生産されている。しかし昨今は教育現場でも子どもたちが墨に触れる機会は減少し、工房では「墨を初めて触る」と話す子や「墨に触るのは何十年振りか」という紳士淑女も。
 長野さん自身も先代の父親や、住み込みの職人が墨を作っているところを見ていたが、家業を継ぐのではなく、他業種の職に就き、幼い頃からの夢だった海外に渡り生活する経験もした。自ら「斜陽産業」という家業を本格的に継いだのは、30歳代になってからだった。
 錦光園では約15年前から、材料を練り合わせた柔らかく温かい状態の生墨を手で握って墨を作る「にぎり墨体験」を実施している。これは長野さんが奈良観光をする人に寺社仏閣だけではなく、墨の作り方を体験してもらい、それを通じて墨の歴史を知ってもらおうと始めた。体験者自身の指紋や掌紋がデザインとなるオリジナルの墨ができあがる。「墨として使ってもらうことはもちろん、インテリアとしても使ってもらってます」。
 長野さんは「墨の需要が減っている昨今、ただ良い商品を作り頑なに守っているだけではいけない。商品を使ってもらう人を増やさなければ日本の文化は終わってしまう。その使ってもらう方法を考えなければならない。特に私どものような古い物、伝統工芸を扱う家業は、変化と挑戦が大切」と語る。
 自分の代で店を畳もうとも考えていた。現在7代目として日々奮闘している睦さんが、役職にも就いていた東京の飲食店の仕事を辞め「家を継ぐ」と、3年前に帰ってきた時には猛反対した。
 墨の製法は赤松を燃やした際に出てくる「松煙」と、ごま油やなたね油などを使ってできる「油煙」を、にかわ汁と一緒に1時間半かけて練り合わせる。にかわの匂いを抑制するため、タンスの防虫剤にも使用されている「樟脳」とそれぞれの職人がオリジナルでブレンドした香料を混ぜ合わせる。
 睦さんはこの香料に着目し、通常の墨で使用される香料に工夫を凝らした「香り墨Asuka」を今年6月10日に発売した。伎楽の「迦楼羅」「力士」「呉女」の面の形をデザインに取り入れ、手のひらに収まるサイズになっている。デスクの傍らに置き、箱を開けて広がる香りを楽しむことでリセットや休息、安堵を感じてもらう粋な商品。
 日本の文化を守り続けていくためには「伝統」の文字だけを守っている時代ではない。長野さん親子は新しい可能性と活路を練り、現代生活の中に生きる新たな墨と、書としての墨や日本文化に光差すよう挑戦を続ける。

ながの・ぼくえん 
 明治時代から墨を作り続ける「錦光園」に生まれ、先代の父親や住み込みの職人が墨を作っているところを見て育つ。大学卒業後は他業種の職に就き、幼い頃からの夢だった海外に渡り生活する。帰国後、結婚を機に家業を継ぐことを決意。墨の良さを再度知ってもらおうと約15年前から「にぎり墨体験」を始める。
錦光園
住所:奈良県奈良市三条町547
電話:0742-22-3319
URL:http://kinkoen.jp/about/

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