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「前かけ」に導かれ醤油一滴の背景感じて

マルト醤油18代目当主 木村 浩幸さん

(取材日:令和2年7月)

 創業元禄2(1689)年、歴史ある「マルト醤油」(田原本町伊与戸)は戦後、原材料の調達が困難なことから醤油醸造をやめた。18代目の木村浩幸さん(43)は、醤油づくりの〝最後当主〟だった祖父の遺品整理中に見つけた「前かけ」に導かれるよう、醤油作りの復活に取り組んでいる。また蔵を改装したホテルを8月下旬にオープンする。ホテルでは「一滴に込められた背景を感じてもらいたい」と、抱負を語り、準備を進める。


 創業1689年のマルト醤油は約70年前、戦後で原材料の調達が困難ということもあり、祖父の代で醤油醸造をやめた。木村さんは早くに父親を亡くし、蔵や作業場などは残っていたが実際に醸造をしていた祖父からも醤油醸造の話は聞かされなかったため、当時の光景をまったく知らない状況で育った。
 木村さんは「今思うと、やむを得ない事情があったにしろ、祖父は260年続いていた醤油作りを自分の代で止めてしまったことに負い目があったのかもしれません。蔵を閉じたあとも、醤油とはまったく関係のない仕事に勤めていたと聞いています」と話す。
 そういったこともあり、木村さんの中では醤油醸造を継ぐという意識はなく、大学卒業後はアパレル関係の職に就いていた。平成13(2001)年に祖父が亡くなり、家を継いだ。「遺品整理をしていた時、タンスに大切に保管されていたマルト醤油の前かけが出てきました。それを見つけた時に、祖父のやむを得ず醸造をやめることになった気持ちを感じ、家のルーツに対しての意識が高まりました」と木村さんは振り返る。
 その後、蔵を整理すると大量の文書が出てきた。町の文化財センターなどに依頼すると、マルト醤油の創業年や醤油醸造のためのヒントなどさまざまなことが書かれていることが次第に判明していき、蔵を復活させたいという思いへと繋がっていった。
 さらに木村さんは「この時に親戚やご近所の方に聞きながら、その断片的な情報を手繰り寄せることで、当時の背景が見えてきました。そのことから、地域にとって繋がりのある地場産業とは何かと考えるきっかけになり、もう一度蔵を起こすにあたって、地域のつながりというものを大切にした事業にしたいという思いが強くなりました」と話す。
 醤油作りの完全な製法が分からず、また約70年という年月が経った今も発酵に必要な菌がいるのかも不明な状況で、試行錯誤を繰り返しながら平成26(2014)年ごろから試験的に醸造を開始。翌年に蔵で作った醤油もろみを調べてもらい酵母がいることが判明した。今年から本格醸造を始め、令和4(2022)年から販売を開始する。
 木村さんは「原材料の大豆、小麦には近隣の農家さんが作ったものを使用しています。そこに70年間の情報を手繰り寄せ、蔵の菌という魂を宿すことができました。そういった背景を醤油一滴から感じてほしいという思いから『大和の一滴』という名前を付けました」と語り、「この背景をより伝えるための方法として、かつて醤油を作っていた蔵人たちと同じように宿泊してもらい、この地域のことを知ってもらうことで奥行きを感じてもらえると考えました」と今回のホテル施設への思いを話す。
 ホテルでは大豆や小麦などの原材料を置いていた蔵や、文書などを置く倉庫として利用していた蔵などに泊まることができる。蔵の中は、梁や土壁は当時のままに床を張り替えるなど洋室に改装している。食事も醤油に合う料理が提供されるほかに、醤油もろみや、搾り出したあと火入れなどの加工を一切していない生揚醤油などを提供する予定。
 木村さんは「醤油に繋がる背景、四季折々の景色、生産者たちの思い。そういったものをすべて感じてもらいたい」として、近隣の農家や神社などと協力しながら、滞在したときに地域を感じてもらえるためのプログラムを考えている。


きむら・ひろゆき
 昭和51(1976)年12月22日生まれ、43歳。田原本で生まれ育つ。京都産業大学経営学部卒業後、大阪のアパレル関係に勤める。平成23(2011)年に観光ビジネス講座に参加、その際に出会ったホテル関係者の人から「料理人がほしい醤油を知るために」と誘われ同24(2012)年ごろにアパレルの仕事をやめ和食料理人として5年ほど務める。現在はマルトの代表取締役社長兼18代目当主。ホテルの情報や予約は順次、公式ホームページに追加されていく。問い合わせは☎0744(32)2064へ。
 URL:https://maruto-shoyu.co.jp

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